母の日イメージ

最愛の母が喜んでくれた母の日のギフト

今は亡き母は、自分の考えをはっきり相手に伝える人でした。
よくいえば、裏表がない性格なのです。
そんな母が大好きだった私は、毎年母の日や母の誕生日には子供の頃から欠かさずプレゼントを母に贈ってきました。
幼少でお金で物を買うことができない時期は、肩叩き券と腰のマッサージ券や家事手伝い券を一番喜んでくれました。
父が亡くなり飲食店を経営していた母は、年中無休でお店をやっていました。
腰痛や肩こりに常時悩まされていました。
家事も私が手伝うことで少しは母の助けになっいたと思います。
高校に入学するとアルバイトをするようになった私は、毎月のバイト代の中から母へのプレゼント用にお金を貯めるようにしました。
当時の母は、外食と日帰り旅行が好きだったので母のには外食に連れていくことが多かったです。
お店を経営してるのもあり美意識が高かったので化粧品やコスメなどのグッズも大変喜んでくれました。
洋服や靴などは好みがあり、本当に気に入ったものしか着ない人だったので用品店へ連れて行き選んでもらいました。
私が買った洋服は大切に着てくれていたし、お店のお客さんにも娘が買ってくれたのよと嬉しそうにいう母を見ていると当時はアルバイトをもっとして母を喜ばせてあげたいと思ったものです。
高校を卒業してからは、社会人になり金銭面でも余裕ができるようになったので母の日に旅行をプレゼントしたかったのですが、経営しているお店が年中無休なので母に断られていました。
母は父が亡くなり働くばかりで遊ぶということを全くしない人でした。
旅行で息抜きさせてあげたいのに当時は出来なかったです。
その後、地方から都会へ上京して母から離れてしまった私ですが、やはり毎年母の日には欠かさず母が喜びそうなプレゼントを贈っていました。
都会で選ぶ贈り物は目新しいのもあるのか、大変喜んでくれました。
初孫が生まれてからは、子供には厳しかった母が孫にはメロメロ状態だったので、孫となるべく会わせてあげることが母への最大のギフトだと思い、なるべく帰省して孫と遊べるようにしてあげました。
毎年のように母の日に合わせて帰省してゆっくり田舎で過ごしてきました。
その当時は、母の日のプレゼントに何が欲しいと聞いても孫となるべく会えたら後は何もいらないというようになりました。
私はまだ孫はいませんが、孫は本当に可愛いものなんですね。
孫と遊び幸せそうな母を見て、ようやく少しですが親孝行の一つができたような気がしていました。
旅行にも殆ど行ったことがない母に、どうしても一緒に旅行に行ってほしかったので旅行に誘ったら珍しく行きたいというので、私の家族と母と一緒に旅行を初めてしました。
桜の時期でした。
来年も私達と桜を見ようねというと来年のことをいうと鬼が笑うよと母がいった言葉がなぜか心に引っ掛かりました。
その旅行から一月後に最愛の母が癌で余命1ヶ月だということが病院で判明したんです。
当時はショックが強くて心に雲がかかったような状態で生きていたと思います。
闘病の末に母は亡くなりましたが、葬儀は母の日でした。
子供や孫の幸せだけを願い生き抜いてくれた母のことを私は誇りに思います。
母の日が近づくと生きていたら今年は何をプレゼントしただろうと思ったりもします。
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